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2013年12月26日 (木)

小林彰太郎氏を悼む トヨタ博物館

「カーグラフィック」の小林彰太郎氏が亡くなって、2か月ほど経ちました。
トヨタ博物館では彼の生前から企画展として「小林彰太郎 フォトアーカイブ展」を行っていました。
気がついてみると、今日が最終日です。
小林氏を悼んで、博物館に行くことにしました。

私が「カーグラフィック」を読み始めたのは、中学生の時でした。
それまでは「ドライバー」を読んでおりました。
もう、別世界でした。
なにしろ、見たこともない新旧の車が満載です。
海外の各種レースも満載です。
中学生の私にとって、海外の小説を読むのと同じくらいの刺激がありました。

また、名家で育ち、旧制高校で教育を受けた小林氏ならではの語り口は、自動車雑誌としては異色でした。
ヨーロッパの上流階級の世界に堂々と取材に入っていけるジャーナリストなんて、現在何人いるのでしょうか。
中学生の私は、そういう点にもしびれました。

高校3年の冬、私は人生の岐路にありました。
大学の教育学部へ進んで社会科教員の道を選ぶか、英語の道へ進むか、かなり悩みました。
英語の道へ進んだ場合、教員の他に、もうひとつやりたいことがありました。
車の輸入に携わりたかったのです。
「カーグラフィック」の影響でした。

大学生になってからは、「カーグラフィック」のバックナンバーをたくさん買い集めました。
名古屋の大須や、東京の神保町から、自分の手で自宅まで持ち帰りました。
最新の雑誌に劣らぬ面白さでした。

小林氏には、本当に感謝しています。
「カーグラフィック」を読んでいなかったら、今の私はいろんな味わいを知らないままだったろうと思います。

さて、トヨタ博物館です。
何度か来たことがあります。
それでも、やっぱり足が止まり、やっぱり写真を撮ってしまいます。
月並みですが、私はブガッティT35、ジャガーEタイプ、トヨタ2000GTが大好きです。
コード、ドラージュ、トヨタスポーツ800、いすゞ117クーペの前でも長い時間を過ごしました。
もちろん一番長い時間を使ったのは「小林彰太郎 フォトアーカイブ展」です。
「カーグラフィック」で見たり読んだりしたことがある写真や文章が多かったのですが、全部熟読してしまいました。
そして、その展示の中にイスパノ・スイザが置いてあったり、小林氏のビデオが流れていたりするので、感慨ひとしおでした。

Img_0076s


今回の訪問には、もうひとつ目的がありました。
小学生を見学に連れてこれないか検討したかったのです。
10年以上前に訪問したときに「子ども向けのガイドブックが欲しい」と思いました。
現在では、小学生向けのワークシートが3種類用意されているとのこと。
もらってみると、なかなか良くできています。
小学生の見学は無料(!)で、ピーク時には1日に4校が見学に来る、という話でした。
このワークシートを読むと、車の過去と現在がわかり、自ずと未来を考えます。
工場見学とは違う勉強ができると思います。
実際にここへ来るかどうかは、1月に他の先生と相談するつもりです。

出口には、世界各国のナンバープレートの展示がありました。
自称「後ろナンバープレートの取り付け部研究家」の私としては、涙が出そうな展示です。
しかし、これだけ様々なナンバーを狭いスペースに付けられるようにしなくてはならないメーカーも、私とは違った意味で涙が出てくるでしょう。
全部写真を撮りました。
博物館には後日、特別展の提案をしてみようと思っています。

Img_0117s

この博物館の楽しみは、外に出ても終わりません。
駐車場に停まっている車が、普通ではないのです。
なにしろ、カネを払ってこんな展示を見に来る人たちなのですから!
愛知でありふれているプリウスやノアがほとんどありません。
ニヤリとするような車がたくさんありました。
駐車場で1日車を見ているだけでも、飽きないかもしれません(^^;)。

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