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2023年9月16日 (土)

「続・枝下用水日記」に感動(2)~枝下用水が面白い(7)

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●2号が、これまたイイんです
表紙の写真が、いきなり貴重な写真なのです。
枝下用水の取水口が枝下にあった時代の用水路石堤です。
表紙の見出しは「130年前の牛枠が見えた日」です。
この時期、下流にある越戸ダムが放流をして矢作川の水位が下がったのです。
そのため、水没していた遺構が姿を現したのでした。

2号は「枝下旧用水路遺跡」特集です。
枝下に取水口があった時代の話とか、
その時代の資料の話とか、
「枝下旧用水路はなぜ越戸ダムに沈んでいるのか」という一文とかが載っています。
裏表紙にはこの時期ならではの貴重な写真が載っています。
130年前に作られたものが水没して残っているのです。
それが、このように稀に姿を現すのです。
歴史遺産マニアには、たまらない一冊でしょう。

●3号
この号のテーマは、西広瀬小学校が行っている、矢作川の透明度調査です。
環境教育の世界では知られた話ですが、ご存じない方の方が多いでしょうね。

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(矢作川を走る自転車乗りなら見覚えがありますよね)

この調査、昭和51(1976)年以来、40年以上続いているのです。
この号では、当時小学生だった方々の話を読むことができます。
当時の矢作川は、今と違って透明度が低かったのです。
矢作川の再生に関しては、いろんな話があります。
この透明度調査は、矢作川が清流に戻るのを下支えした活動と言って良いでしょう。

田舎の小学校ですから、児童数は30数人(全校で、ですよ)にまで減ったことがあるそうです。
「もう(調査を)やめよう」という声が度々起きたそうです。
そりゃあ、そうでしょう。
それに反対したのは、地域の方々でした。
子どもだけでなく、地域全体がこの調査に協力して、守ってきたのでした。
この号には「透視度調査がなかったら、僕の人生は全く違っていたと思う」という方が登場します。

●4号
この号のテーマは「旧旧取水口」です。
枝下には、取水口が二つあるのです。
そして、最も古い取水口の遺構が最も見えづらいのに、それが見えたという話が載っています。
逵さんが「どうして取水口は移動したのか ~枝下用水の3つの取水口~」という解説を添えています。

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写真を見ると、(素人には)どうということもない石の列にしか見えません。
知っている人だけに、この石の意味がわかるのです。
チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と怒られますね(^^;)。

この号では、他にも興味深い記事があります。

「西枝下の仕事として樋門番を請け負っていた」
なるほど、受益地でもないのに用水に思い入れがあるのは、そういう歴史があるからなのですね。

「枝下用水資料室 応援のお願い」
枝下用水資料室は、管理人が週3日常駐し、季刊で小冊子を発行し、その他さまざまな活動をしています。
しかし、2023年3月には豊田市からの助成の期限が切れるというのです。
活動を継続するための基金を集めるため、サポーターを募集します、というお知らせです。
私、もちろん応募しました。
でも、活動を安定させるためには、豊田土地改良区か豊田市の助成が欲しいですね。
お金持ちの豊田市さん、ぜひ他市の文化財サポートを見習ってください!

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コメント

丁寧に読んでいただきありがとうございます。
「2023年3月には豊田市からの助成の期限が切れる」ということでスタートしたサポーター募集ですが、2023年4月、助成期限を設けないという方針に変わり、なんとか運営できています。
ただこの機会にサポーター募集をさせていただいたことで、自分たちのやりたいことが、お金を理由にできないということにならないでできています。
これは本当にありがたいです。
これからもサポーターのみなさんが応援してよかったと思っていただける活動をしていきたいと思います。

投稿: 逵 | 2023年10月 4日 (水) 13:32

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