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2023年9月17日 (日)

廃線の50年後は ~東濃鉄道・駄知線~

これは「幸福な王子」なのかな。
「ホメられもせず 苦にもされず」なのかな。
ずっと、そんなことを考えていました。

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(終点東駄知駅跡にはバス停だけが…)

●幸福な王子?
駄知線は、土岐市駅から東駄知駅までを走っていた鉄道です。
1974年に廃線になっていますから、もう50年経っています。
特筆すべきは、廃線跡がほとんど歩行者/自転車用道路として再整備されていることです。
レールも枕木も残っていません。
もちろん信号や遮断器の類も残っていません。
知らなければ、線路の跡だと気づかない人がほとんどでしょう。

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この日、私のような自転車乗りには会いませんでした。
散歩する人は、少し見かけました。
また、小学生が通学路として使っているようでした。
もう普通に「道路」として地元に溶け込んでいると感じます。
そりゃあ、50年も経ってますからねえ。

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オスカー・ワイルドの『幸福な王子』では、王子像は自分に付いている宝石等を人々に与えます。
でも「幸福」なのです。
みすぼらしくなったので、最後は溶かされます。
廃線にされてレールを外されても道として役立ち続けている駄知線を見ていると、
「これは『幸福な王子』なのかもしれない」
と思うのでした。

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(旧土岐市駅からの区間にはガードレールまで立てられています)

●ホメられもせず、苦にもされず?
名鉄三河線(猿投~西中金)は、廃線になりましたが、地元の人に今も愛されています。
駅の跡は全て保存され、解説の看板が立てられ、キレイに維持管理されています。
三河広瀬駅跡なんて、今でも地域の中心地ではないかと感じます。

旧駄知線は、扱いが違います。
そもそも、廃線跡だという表示がほとんどありません。
駅の跡も、ほぼ残っていません。
「ホメられもせず」とは、つまりそういうことです。

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(数少ない表示のひとつです)

かと言って、三河線跡は、まだ道としては使いづらい、中途半端な状態です。
旧駄知線は、鉄橋とトンネル以外は道として整備されて使われています。
「苦にもされず」とは、この状態を指しています。

●三河線跡と枝下用水遺構の明日はどっちだ
旧駄知線は、廃線になって50年経っています。
もう、当時を懐かしむ人はほとんどいないでしょう。
三河線跡は、まだ20年しか経っていません。
まだまだ当時を懐かしんで、思い出を大切にしようとする人があちこちにいます。
さて、これがあと30年経ったら、どうでしょう?
廃線後50年経っても、旧三河線の駅の跡を大切にしようとする人がいるでしょうか?
そして、それは枝下用水の遺構についても同様なのではないでしょうか?

現在の保護活動を、次の世代が引き継いでくれるかどうか。
それは、これからの10年20年次第でしょう。
少し前まで、旧三河線の枝下駅~御船橋梁の区間は竹やぶに埋もれていたのです。
枝下用水の遺構も、同じです。

今のままだと、30年後に旧三河線や枝下用水遺構が再び竹やぶに埋もれていてもおかしくありません。
旧三河線は、旧駄知線のように「使える」姿にするのがベストではないでしょうか。
枝下用水遺構は、通常の文化財のように、行政がきちんと保護管理するのがベストではないでしょうか。

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(駄知にはレトロな建物がいっぱい)

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