美濃の歴史に吸い込まれる ~岐阜市・瑞龍寺~
カミさんが「この寺を見に行く」と言うので同行しました。
そこには、この二人の名前がありました。
●土岐成頼
この寺は、美濃国守護である土岐成頼の菩提寺として建立されたそうです。
ああ、ここでも土岐氏が出てくるのでした。
私、詳しくないのでちょっと調べました。
すると、次々と驚きの歴史が出てくるのでした。
成頼は、応仁の乱の際に西軍の主力の一員となった人物です。
しかも、その後西軍の将軍であった足利義視を美濃に連れ帰っています。
その後もいろいろあるのですが、
「美濃の内外における土岐氏の名声が非常に高まった時期」
(ウィキペディア)
という人物なのでした。
(織田信長の入城以前に「岐阜」の名称が使われた資料だそうです)
応仁の乱って、複雑すぎて私には理解できません(^^;)。
あの混迷の時代における、重要人物なのでした。
瑞龍寺には、彼の墓と肖像が残っています。
●斎藤妙椿
この寺を建立したのは、土岐氏の守護代を務めた斎藤妙椿だそうです。
ああ、ここでも斎藤氏が出てくるのでした。
調べてみると、またも驚きの連続でした。
妙椿は、美濃の国政を牛耳っていた人物だというのです。
足利義視親子を11年に渡って美濃に住まわせたのも、妙椿の意向によるものだったそうです。
瑞龍寺には、妙椿の墓と肖像も残っています。
●今の寺にも驚きます
そんな歴史を抜きにしても、驚きの寺でした。
まず、ロケーションが良いのです。
岐阜市内でありながら、金華山を後ろに控えた、素晴らしい雰囲気のある場所です。
そして、瑞龍寺に向かう通りに六つの小寺院が立ち並び、更に素晴らしい雰囲気を作っています。
瑞龍寺は、修行道場なので立ち入れません。
小寺院も、半分ほどは立ち入れません。
しかし、七つの寺全てが見事に手入れされています。
今の私はお寺の庭を掃除する身なので、その大変さがよく分かります。
毎朝掃除をしているのだと想像します。
さすが禅宗の寺、と感心します。
この寺は、何度も燃えたり再建されたりされています。
そんな歴史を乗り越えて、今はこんなに美しい姿で残っているのでした。
岐阜県は、臨済宗の寺が全国で一番多い県です。
(二位は愛知)
岐阜県には、私の知らない素晴らしい寺院がまだまだたくさんあるのでしょうね。
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