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2026年9月24日 (木)

ノコギリ屋根の街の美術館に感銘 ~三岸節子記念美術館~

もう「感銘」ということばしか思い浮かびません。

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●生き方に感銘
私は三岸節子氏について何の予備知識も持っていませんでした。
館内でその人生を知って、感銘を受けました。
「裕福な家で育つも親が破産」
「女性画家としての先駆的存在になる」
「若くして夫と死別 苦しい中3人の子を育てる」
「49歳でフランスに渡り、84歳まで住む」
これだけでも驚くのに。
戦争中に描いた絵を見て、驚きました。
「時代を感じさせない!」
確固たる意志を感じました。
70歳台で描いた絵を見て、再度驚きました。
「枯れていない!」
絵についてド素人の私が、一見してそう感じました。
私なんて、枯れるにはまだまだ早いようです(^^;)。

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(父の工場はレンガ造り!)

●郷里の人々に感銘
美術館のある場所は、節子の生家があった場所だそうです。
父親はそこで織物工場を経営していたのでした。
しかしその後、父は破産して敷地は人手に渡ります。

節子は画家として成功し、最後に日本に帰ります。
その後。
「尾西市だった時に、この近くにある尾西歴史民俗資料館で何度か展覧会が行われ、市民の方から、ぜひ地元出身である三岸節子さんの美術館をという署名運動がありました」
(この話はこちら)
その後、作品の収集が始まり、尾西市が節子の生家跡を買い取り、「尾西市三岸節子記念美術館」を建設します。
(その後「一宮市…」に改称)
開館した翌年に、節子は亡くなります。
94歳でした。

●建物に感銘
この場所には、かつてノコギリ屋根の工場が建っていたそうです。
なんと、レンガ造りです。
(2枚目の写真です)
残念ながら、もう残っていません。
しかしこの美術館は、その工場へのオマージュとして、こんな屋根と壁になっています。
(1枚目の写真をご覧ください)
そこに至るストーリーを踏まえると「名建築」と言いたくなります。
(賞をもらったそうです)

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美術館の隣には、蔵があります。
これは、かつてのまま残ったのだそうです。
今では展示室の一部として使われています。

●お土産にも感銘
美術館のショップで、これを買いました。

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(去年開かれた企画展の冊子です)

「吉田家のレンガ工場」とは、節子の実家にあった工場のことです。
(吉田は節子の旧姓です)
この本の半分は、在りし日の節子の実家の写真や当時の工場についての資料が載っています。
充実した資料です。
写真を見ると「この工場が残っていたら文化財に指定されるだろうな」と感じます。

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この本のもう半分は「ノコギリ屋根」をテーマとした絵で占められます。
ノコギリ屋根のある風景に惹かれる人が、あちこちにいるのでした。
私だけではないのです。
安心しました。
これなら、ノコギリ屋根が減ることはあっても、消えることはないでしょう。

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もう一つ、これも買いました。
この美術館の建物のペーパークラフトです。
これで私もノコギリ屋根のオーナーです(^^;)。
本物の工場のペーパークラフトも欲しいなあ。

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(美術館の隣にもノコギリ屋根が残っていました)

「三岸節子記念美術館」はこちら
節子の人生についてはこちら

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