学校

2026年7月31日 (金)

あの人たちの感想が聞きたい ~『天上の虹』(里中満智子)を読む~

今読むと、受け止め方がちょっと違ってきます。

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主人公は、持統天皇です。
この時代の皇族は、関係が複雑です。

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これらの登場人物が、政略結婚やら複数の妻やら粛清やらで、人生が変わっていきます。
特に、皇族の女性の悲しみがこの物語の重要な要素になっています。

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もう、おわかりですよね。
今のタイミングでこの物語を読むと、あの人やあの人やあの人のことを思い浮かべてしまいます。
(私は例の不敬な政治家とは違うので名前は出しませんよ)

あの人たちは、この物語を読んで、どんな感想を持つのでしょうか。

でも、あの人たちはマンガの感想でさえうっかり口にできないのですよね。
(もしかしてこのマンガは読むのを禁じられたりして)
一般国民には、そういう縛りがありません。
昔読んだ人も、まだ読んでない人も、今こそ読んで欲しいなと強く思います。
もしかすると、今後の皇族数確保についての意見が変わるかもしれません。

【もう一つの今日的意義】
先日「飛鳥・藤原の旧都」が世界遺産になりました。
藤原京造営は、持統天皇の時代のことです。
また、世界遺産の中には「天武・持統天皇合葬陵」等の持統天皇ゆかりの文化財もあります。
『天上の虹』を読んでから飛鳥観光に行くと、きっと感慨が違ってくることでしょう。

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【学習マンガとしての意義】
乙巳の変(もしくは大化の改新)及び壬申の乱、その後の様々な改革は、教科書的に重要です。
「ここ、試験に出るぞ」がいっぱいです。
人物の名前を覚えるだけでも大変です。
(前掲の系図をご覧ください)
高校生の中には、頭を痛めている人もいるでしょう。
このマンガが、助けになるかもしれません。
里中氏は、史実をかなり忠実になぞっています。
その上に、フィクション性を載せて面白く読めるようにしています。
多くの高校生が、史実に理解が深まることでしょう。

難点は、とても長いことです。
全部読むのに結構な時間を要します。
受験を控えた高校3年生には、恐ろしくておススメできません。
高校1・2年生の夏休み読書としておススメします。

もう一つの難点は、価格です。
講談社漫画文庫版で全11巻、約1万5000円です。
高校の図書室に置いてくださいと言いたいところですが、時々ベッドシーンが出てくるのが、どうなんでしょう。
(最近の少年少女マンガに比べればかわいいものなんですが)
市町村の図書館に置くと、まず大人が借りちゃうでしょうし。

お父さん、お母さん、もしくはおじいさん、おばあさん!
更には、おじさん、おばさん!
もしかして、本棚に『天上の虹』が眠っていませんか。
(連載開始は1983年だそうです)
高校生のあの子に、読んでもらいませんか。

【しつこく蛇足】
飛鳥・藤原京の時代は、女性天皇の時代でもありました。
4人の女性が5回即位しています。
4人とも「男系」(父が天皇)です。
だからどうだ、とは言いません。
ここから先は、いろんなご意見があるでしょう。
(国会は国民の意見なんて無視してますが)

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2026年7月19日 (日)

こういうアメリカにちょっと安心 ~豊田市美術館・ワイエス展~

しびれました。

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ワイエスを語る際には「孤独」「静寂」という表現がよく使われます。
ワイエスの絵には、青空がほとんどありません。
白黒かと思うような絵が何枚もあります。
華やかな絵は、ほとんどないと言って良いでしょう。

予備知識なしで見たら、こう感じる人がいるでしょう。
「なぜこんなものを描くのか解らない」
「地味」

ですから今回の展覧会では、絵の脇にある解説が大切だなと感じました。
「ここは、どんな場所なのか」
「なぜこの部分に光が当たっているのか」
「この部分は、何を象徴しているのか」
「ワイエスは、なぜこれを描いたのか」
そういった事が解説されます。
ワイエスの絵は、意図を読み解くと味わいが違ってきます。
こういう解説は大切です。

描かれる風景は、よく「アメリカの田舎」と表現されます。
しかしそれは、北東部のメイン州やペンシルベニア州です。
一般的日本人が想像するであろう、中西部の田舎とはかなり違います。
「北欧もしくはカナダの風景」と言った方が、日本人にはしっくりくるかもしれません。
「絶景」ではありません。
それどころか、しばしばおんぼろの家が描かれています。

ワイエスや、彼の絵に登場する人々も、日本人が想像するアメリカ人とは違うようです。
ワイエスの代表作に登場する女性は、足が不自由です。
ワイエスは、彼女の生命力に感動し、絵に描くという感受性を持っていました。
加えて、黒人少年と遊び、黒人をモデルとして描くこともあったそうです。
それは、ワイエス自身が身体虚弱で、小学校になじめなず2週間で退学したという人であったからでしょう。

メイン州は、東部のいわゆる「ニューイングランド」です。
もともとは、マサチューセッツ州に属していました。
マサチューセッツと言えば、ヘンリー・ソローです。
代表作として『森の生活』が有名ですが、『市民の反抗』という著作もあります。
ワイエスは、ソローの影響を受けたと言われています。
なるほど。
メイン州もマサチューセッツ州も、大統領選挙では民主党が勝ち続けています。
そういう土地柄なのです。

私が何を言いたいかというと。
「トランプ大統領の支持基盤とは全く違う人々と風景が、そこにある」ということなのです。
ワイエスはアメリカでは「国民的画家」と位置付けられているそうです。
ワイエスの絵は、多くのアメリカ人に共感されているのです。
アメリカ人と言っても「MAGA」を叫ぶ人々ばかりではないのです。
アメリカにも、筋を通す人、理知的な人が数多くいるのです。
考えてみれば当たり前のことなのですが、ちょっと安心しました。

ワイエスの画風は、日本人のメンタリティと相性が良いのではないでしょうか。
この日は初日ということもあってか、多くの入場者がありました。
客の見学マナーは概ね良く、駐車場には「あの下品でデカい車」がわずかな数しか停まっていませんでした。
(愛知県の路上ではよく見るのですが)
こういう絵を見に来る日本人は、やはりちょっと違う人たちなのでしょう。

「アメリカ人も日本人も、まだ捨てたもんじゃない」
「まだ、望みはある」

美術展の帰り道に、こんな感想を抱くことになるとは思いませんでした。
展示替えがあるそうなので、9月にもう一度行こうと思っています。

ワイエス展についてはこちら
(豊田市の次は大阪会場へ行くそうです)

【余談】
私が初めてワイエスの絵を知ったのは、教員になってからでした。
岩本康裕氏の講座の中で、ワイエスの絵が紹介されたのです。
それは、ワイエスの代表作である「クリスティーナの世界」でした。
この絵を児童にどう鑑賞させ、どう鑑賞文を書かせるかという話でした。
この絵は、講座の内容以上に、私の心に強く残りました。

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当時、私の問題意識の一つは「文学教材の鑑賞」でした。
例えば俳句や短歌であれば、児童にこんなことを問います。
「見えるものは何ですか」
「聞こえるものは何ですか」
問いは、触覚であったり、嗅覚であったり、味覚であったりします。
作者の心情を問う場合もあります。
「対比されているものは何と何ですか」
「作者はどこから見ていますか」
そういうことを問う場合もあります。
このように分析していくことで、直接書かれていない種々の物事に気が付くことができます。

岩本氏の講座は、こうした手法を美術鑑賞に応用するには、という内容でした。
(後に書籍化されました)
ワイエスを鑑賞するにあたっては、「ただ、感じなさい」ではダメでしょう。
特に素人には「分析する」等の「鑑賞のものさし」が有用だと思うのです。
ワイエスの絵の着眼点を示した「鑑賞のてびき」を作ると、子どもにも大人にも役立つのではないでしょうか。
大阪会場の主催者さん、試してみませんか。

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2026年7月 2日 (木)

「人が嫌がることをやれ」ですか ~スポーツと政治、等々~

孔子は、思いやり(恕)について説きました。
「己の欲せざる所は、人に施すことなかれ」
これが「人生で最も心がけること」だと言うのです。
この考え方は、2500年後の今でも、教育現場で生きています。
「自分が嫌なことは、他人にもしない」
そういう言い方になります。
私自身も、この言い方で指導をしてきました。

●ところがスポーツの世界では
2日経った今でも、サッカーのブラジル対日本の試合についていろいろ語られています。
ブラジルの監督についての評価は、ほぼ全て「さすが」です。
こういう言い方ができると思うのです。
「後半は、相手が嫌がることをやった」

まあ、スポーツの世界では普通のことです。
私も、バスケットボールの監督をしていた時は、よくこれを考えました。
例えば、こんな具合です。
「相手はゾーンを攻められないだろう」
「相手はプレスをされたら対応できないだろう」
相手が、何をされたら一番嫌がるのかを、常に考えました。
孔子の教えに反しています。
「オレ、どんどん性格が悪くなるなあ」
と自分で思ったものです(^^;)。

「スポーツの世界なら、他人の嫌がることをやれば良いんだよ」
そう言う人も、いるでしょう。

●では、政治の世界はどうなんでしょう
「海峡を封鎖する」
「資源を外国に売らない」
「小政党をつぶす選挙制度にする」
他人が嫌がることをやる政治家は、あちこちにいます。
孔子が生きていたら
「2500年経っても進歩していない」
と嘆くのではないでしょうか。

「政治の世界なら、それで良いんだよ」
そう言う人も、いるのでしょうね。

●自分の強みを殺していないか
話を、バスケットに戻します。
相手の嫌がることをするに当たって、注意すべきことがあります。
「それは、自分たちの強みを殺さないか」
ということです。

私が強いチームを率いていた時のことです。
あるチームが、ゾーンディフェンスをしてきました。
これは、私としてはむしろ嬉しいことでした。
私が恐れていたのは、そのチームが前に出て当たりの強い守りをすることでした。
こちらは、引いて守る相手の攻め方を習得しています。
引いて守られたら、余裕で攻めることができます。
反面、相手のチームは引いて守ったことなんてなかったと思うのです。
相手の嫌がることをやろうとして、自分たちの強みを殺してしまったのでした。

小学校の部活動では、事前の準備に使える時間は限られています。
相手の嫌がる戦術を練習するべきなのか。
自分たちの強みを、より生かす練習をするべきなのか。
この辺りはケースバイケースなので、監督の見極めが大切になってきます。

こうして考えると、改めてブラジルの監督とチームの優秀さに感嘆します。
監督は適切な戦術を与え、選手は見事にそれに応えて、逆転したのでした。
それは、引き出しから自分たちの強みの一つを出しての勝ち方でした。
見事でした。

さて、政治家の皆さんはどうなのでしょうか。
人の嫌がることをしようとして、墓穴を掘ってしまった事例は歴史上数多くあります。
あの人や、あの人や、あの人は、この先どうなるのでしょうね。

【蛇足】
世には「人の嫌がることをやれ」という教えもあります。
孔子の言葉とは意味合いが違います。
相手に不快な思いをさせるのではありません。
みんながやりたがらないような仕事を率先して引き受けろ、というのです。
そうすることで、組織や社会に貢献しろ、というのです。

チームスポーツの分野では、こういう選手は大切にされますよね。
政治の世界では、どうなんでしょう。
幹事長とか諜報機関とかがこれに当たるのでしょうか。
そうした人たちは、どんな言葉で教育されているのでしょうか。

【更に余談】
武田信玄の名言に、こういうのがあります。
「好きなことをするな 嫌なことをやれ」
ここで言っている「嫌なこと」は「自分にとって」です。
自己啓発の考え方として、なるほどと思わされます。
予備校の先生がこれを言う気持ちはよく解ります。
私も、この言葉を額に入れて教室に掲げたことがあります。

ところが、近年の風潮は、こちらです。
「好きなことをやれ 嫌なことはするな」
竹村健一氏の言葉として知られています。
その時代よりも、今の日本でこそ全盛になっている感があります。
信玄が聞いたら、何と言うのかな(^^;)。
でも、これはこれで、一理あるのです。

あなたの生き方は、信玄風と竹村風の割合が、何対何ですか。
私は、うーん、4対6、いや、3対7かな(^^;)。

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2026年6月21日 (日)

卒業式の「ハレルヤ・コーラス」ってどうよ ~『クラシックTV』ヘンデル特集~

いやあ。
今週も、TVの前で泣いてしまいました。

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番組の中で「ハレルヤ・コーラス」をやってくれたのです。
これ、私は中学二年生の時に卒業式で歌いました。
一学年550人が四部合唱で歌うので、大迫力です。
あの感動は、今でも忘れません。

調べてみると「ハレルヤ」を歌う学校はあちこちにあったようです。
でもねえ。
今の時代だったら、ちょっと考えてしまいます。
私が歌った「ハレルヤ」の歌詞は、こういう具合です。

「全能の神 統べ給う」
「この世なべて 神のしろしめす国となりぬ」
「ときわに 変わりあらじ」

これでは、クレームが来るのは当然でしょう。

私の教員時代、修学旅行で京都・奈良に行くと、こういう児童がいました。
「寺の中に入らない」
「バスから降りない」
そういう宗教を信じているからです。
気の毒な話です。
一生に一度の小学校修学旅行で、そんな思いをするなんて。

修学旅行で寺に行くことを裁判所に訴えても、おそらく勝てないでしょう。
裁判官は、こう言うでしょう。
「歴史・文化としての学習」「社会的理解」
とかなんとか。

では、卒業式の「ハレルヤ」を訴えたら、どんな判決になるのでしょうか。
「文化としての学習」
ここが争点ではないでしょうか。
日本はキリスト教の国ではありませんから、修学旅行に比べて説得力が低いです。
「違憲」判決が出る可能性はあるでしょう。

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【ちょっと脱線】
現在サッカーのワールドカップが行われています。
出場国のほとんどは、キリスト教かイスラム教を主な宗教としています。
どちらも、一神教です。
こういう国々で、唯一の神以外を讃える歌を卒業式で歌うなんて、あり得ないでしょう。

日本は、神も仏もクリスマスもアリ、という国です。
だからこそ、キリスト教の神をたたえる歌に寛容なのでしょう。
しかしそれは、見方を変えると「無神経」でもあります。
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私個人としては、中二の時の経験に感謝しています。
今でも、キリスト教やイスラム教や儒教に関する本を読みます。
(もちろん仏教もね)
学校が「ハレルヤ」を歌わせても文句を言われない日本で良かった、と思います。

しかし、今の日本はもうそういう国ではありません。
保護者や地域社会の理解を得られないなら、やるべきでないと思います。
悲しい話ですが、世界的に見ればこれが普通です。

【再度脱線】
文科省は「ハレルヤ」の件について注意や指導をしたでしょうか。
「教育基本法違反」だと言ったでしょうか。
言ってないでしょう。
それなのに、辺野古の見学の件については、態度が全く違います。
これは、教育行政の歴史に残る暴挙と言って良いでしょう。

今回の文科省の対応は、どんなプロセスで行われたのか、いずれ検証されるでしょう。
外部からの圧力なのか。
忖度なのか。
一部の人間の暴走なのか。
相変わらずの「三流官庁」ぶりです。
文科省には、外部からの雑音に抗して筋を通す硬骨の士はいないのでしょうか。

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2026年4月10日 (金)

NTTは不思議ちゃん? ~素人投資の話2026(2)~

この値動き、私なんぞには理解できません。

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(5年チャートです)

NTTの株価は、2024年夏以来、ほぼ安定しているのです。
大きく上がることも、大きく下がることもないのです。

武田薬品を見てみましょう。

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(5年チャートです)

昨年の年末から、急上昇しています。
「高市トレード」ってやつでしょう。
(他の要因もありますが)
逆に言うと、NTTは「高市トレード」の対象外だったということなのでしょう。

アメリカを見てみましょう。
S&P500連動のETFです。

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(5年チャートです)

起伏はありますが、3年で2倍、です。
高市トレードどころではありません。

私の持っている資産の中で、NTTとインド投信は「不思議ちゃん」です。
日本や世界の動きとは無関係であるような値動きをします。

中東情勢の影響も見てみましょう。
日経平均の3か月チャートです。

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まあ、そうですよね。
2月末から急落して、最近持ち直しつつあります。
ところが、NTTときたら、こうなんです。

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世界的株高も、高市トレードも、中東情勢も関係ない、と言っているかのような動きです。
て言うか、あまり動いていなんです。
(グラフは動いているように見えますが、右端の数字を見ると小さな動きであることがわかります)
じゃあ市場から相手にされていないのかというと、そうでもありません。
冒頭のグラフの通り、この5年間、コンスタントに取引されているのです。

もちろん、専門家はこれについていろんな解説をしてくれています。
しかし素人の私には、この動きは不思議としか思えないのです。
興味深いので当分の間持ち続けて、観察させてもらおうと思っています。
(配当もありますしね)

【余談】
学校では、新年度が始まりました。
担任の先生。
学年主任の先生。
あなたのところにも、来たでしょ。
不思議ちゃん。
児童生徒だったり、先生だったり。
少しくらいなら、むしろいてくれた方がイイと思うんです。
みんな同じような良い子ばかりだったら、面白くありません。
変わった子がいた方が、みんなの成長につながりますよ。
(先生がそう捉えれば、ですが)

えっ、不思議ちゃんを通り越して問題児?
それも、イイんです。
昔から、幾多の先輩が「問題児は宝」と語っています。
苦労するかもしれませんが、最後に「いてくれて良かった」となる事例は少なくありません。
みんなにとっても、あなたにとっても。

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2026年3月27日 (金)

血と涙と夢の道を行く ~岐阜県・大榑川堤防~

見ごろになってきました。

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この土日は最高でしょうね。

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堤防の上は車が走りますが、堤防の下にある道は安心して歩いたり座ったりできます。

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「平田公園」にある「平田靱負像」です。
「宝暦治水」の責任者です。
岐阜県民にとっての英雄です。
この地は旧「平田町」なのですが、薩摩藩士であったこの人の名が町名の由来です。

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平田靱負は、工事が終わった後、多数の死者を出し多額の借金を残した責任を取って自刃します。
(今の日本に多額の借金を作った人たちは、責任を取る気なんてないんでしょうね)
(もっと借金しろという人もいるようですし)
表題の「血と涙」は宝暦治水に携わった薩摩藩の人々の血と涙のことを指しています。

宝暦治水についてはこちら

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宝暦治水の工事のうちの一つが「大榑川洗堰」でした。

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長良川の水が揖斐川に流れ込んで洪水になるのを防ぐ工事でした。
この考え方は、後の「三川分流」へとつながっていきます。
大榑川の洗堰は後の工事で埋められて、今では見ることができません。

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大榑川は締め切られ、廃川状態です。
しかし、堤防と桜並木は残っています。
堤防は、素晴らしいワインディングロードになっています。
そして、その道に約1000本の桜が延々と続くのです。
今の季節、特にバイクや自転車乗りにとっては夢のような道です。
この堤防のあちこちで花見をすることができるというのも魅力です。

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今となっては、堤防をこのように切ってしまっても良いわけです。
ちょっと珍しい光景です。

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右の長良川から、左の揖斐川に向かって蛇行していた大榑川の雰囲気、おわかりでしょうか。
(クリックして拡大写真をご覧ください)
この蛇行、昔の長良川の流路だったと言われています。
今どき、濃尾平野でこんな蛇行が残っている場所は珍しいです。

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歴史を感じ、絶景を味わいながら、ワインディングロードを流すのは至福の時間です。
(スピードを出さずに楽しみましょうね)
この週末、あなたもいかがですか。

【蛇足】
愛知県尾張地方の小学生の多くが、社会科の授業で「宝暦治水」について学びます。
そして、社会見学で輪中地帯に行きます。
定番は「木曽三川公園」と「治水神社」です。
宝暦治水の際に木曽川と長良川の流れを少しでも分けようとした工事です。
この地に造られた堤防には、松の木が植えられ「千本松原」と呼ばれています。
しかし、もう一つの大工事であった「大榑川洗堰」に見学に行く学校はほとんどないと思います。
無理もありません。
肝心の洗堰が、埋められてしまって見られないからです。
残念なことです。
私個人としては、洗堰を地上に復元して見学できるようにして欲しいと願っています。
木曽三川公園の少し下流にある「輪中の郷」に行くと「大榑川洗堰」の復元模型を見ることができます。
小学校の先生は、自分だけでも見学しておくと良いと思います。
100知っていることの中から10だけ教えると、授業に深みが出ますよ。

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2026年2月 4日 (水)

兵士像たちを前に言葉を失う ~南知多町・中之院~

●圧倒されます

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行く前に、ネットでは見ていました。
でも、実物を目前にすると、口から言葉が出なくなります。

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解説看板には、こうあります。
「昭和12年上海上陸作戦」
「上陸後三月足らずでほとんど全滅」
「遺族が戦没者の一時金をもって写真を基に造らせ建立」

報道では「戦死者〇〇〇名」とひとくくりにされてしまいます。
私は口先で「ひどいな」「かわいそうに」とか言って終わりにしてしまうことがあります。
でも、こうして一人ひとりの姿を具体的に見せられると、もう手を合わせ頭を垂れるしかできません。

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昔、先輩の先生がこんな授業をしたことがあります。
新聞等から、人の顔写真だけを切り取ります。
それを、広島原爆の死者の数だけ集めます(1万人分だったかも)。
写真を紙に貼り、「死者十数万人」を感じさせるというものです。
(今でも、同様のことが世界各地で行われますね)
ここでは、それが立体であり、しかも写真に基づいたリアルな顔なのです。
92体並ぶだけでも、圧倒されます。
これが千体、一万体、十万体だったら、ということまで考えさせられます。

そして一体をじっくり見ると、それぞれの人の人生とか、遺族たちの悲しみとかについても考えます。
私の想像力では、数字だけ見てもそこまでは考えが及びません。
今までの自分の浅はかさをも思い知らされました。

日本は侵略した側だ、という意見もあるでしょう。
日中戦争は国を守る戦争じゃなかった、という意見もあるでしょう。
でも、ここにいる人たちは名古屋にいて、命令されて出撃して、そして亡くなったのです。
見方を変えると、侵略を決めた人たちのせいで命を落としたわけです。

●日中戦争について学びなおす
小中学校の社会科の授業では、こんな教え方です。

1931年 満州事変
1932年 満州国建国
1933年 日本が国際連合脱退 
1937年 戦線拡大 日中戦争
1941年 太平洋戦争

教科書は「15年戦争」の日本人戦死者は300万人以上とひとくくりにします。
TV等では、アメリカとの戦いばかりが取り上げられます。
私、この兵士像を見て「日中戦争でも多くの戦死が出た」ということを思い知らされました。
調べてみると。
「日中戦争における日本軍の戦死者は約40万人」
「15年戦争全体では約230万人 民間人約80万人」
なるほど。
比率で考えると、どうしても中国での戦死は軽視されてしまうのでしょう。
でも、40万人って大変な数です。
(もちろん中国側の被害の大きさを忘れるべきではありません)

日中戦争について改めて学ぶと、ウクライナ侵攻との類似点に驚きます。
「日本軍はすぐ終わるだろうとたかをくくっていた」
「満州事変の段階ではあえて宣戦布告をしなかった」
「中国軍にはドイツが兵器等の支援をしていた」 等々。
NHKさん、これって「映像の世紀」で取り上げるべきじゃありませんか。

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●浅野祥雲氏に改めて感服する
この兵士像を造ったのは浅野祥雲氏だと知って、二度驚きました。
浅野氏は当地では「コンクリート仏像師」として知られています。
関ケ原ウォーランド、五色園、桃太郎神社等にある人体像群が有名です。
私はそれ以外の場所でもいくつかを見たことがあります。
それらの場所はしばしば「珍スポット」として紹介されます。
作品について、ウィキペディアはこう書きます。
「リアルさ、稚拙さ、ユーモラスさを併せ持った作風」

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中之院の像は、他の浅野氏の作品とは雰囲気が違います。
「稚拙」「ユーモラス」は全く感じられません。
浅野氏の他の作品は、故意に「稚拙」「ユーモラス」という味を加えていたのかもしれません。
そう言えばプロ級の画家たちは、こう言いますよね。
「本物そっくりに描くことなんて簡単」
浅野氏にとっての人物像制作も、そうだったのかもしれません。

この兵士像が作られたのは「昭和12年から18年」だそうです。
浅野氏が46~52歳頃の作品ということになります。
脂が乗った時期だったのでしょう。
それにして、これだけリアルなものをこれだけの数作ったというのは驚きです。
浅野氏は、戦争のさなかに、どんな気持ちでこの人物像を造っていたのでしょうか。

●今後どうなる
案内看板は、こう説明します。
「当初は名古屋市千種区にあった」
「戦後進駐軍が取り壊しを命じ」
「僧侶が(中略)あれを日本人の手で壊すことはできない」
「壊すというなら我々をこの場で銃殺した上であなたたちが行って壊せばいい」
「像は壊されずに済んだ」
「ご縁により平成七年に移転」

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(雰囲気のある山門)

この像たちは、二度の危機を乗り越えて今ここにあるのでした。
ただ、作られてからもう90年近く経っています。
雨ざらしで、劣化が進んでいます。
ここに来ようと言ったカミさんの意見は「これでいいんだよ」
私は「屋根くらいかけてあげたい」
コンクリートである以上、放っておけばいつか壊れます。
この像は、今後どんな扱いをされるのでしょうか。
あと90年経った時、この像たちはまだあるのでしょうか…。

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2025年10月24日 (金)

大人数というだけで迷惑だから ~岐阜県勤労者山岳連盟 山祭り~

●大人数の登山なんて
「山祭り」は、いくつもの山岳会が山で一堂に会する行事です。
昨年のこの行事では、67人が屏風山に集いました。
今年は、弥勒山です。
私、ちょっと心配していました。
でも、送られてきた計画書を見て、感心しました。

A 分散して登る
6グループに分かれて、5分間隔を開けて登るという計画です。
1グループの人数は平均12人程度という計算になります。
大人数の団体に山で出くわして閉口した経験のある方、いますよね。
12人でも多いと思いますが、まあギリギリ上限というところでしょう。
この人数なら最後尾の人が「道を譲って!」と叫ぶと、一発で全員に通じます。

B 山上で集まらない
昼食は、下山後にとります。
行事なのでセレモニーがありますが、これも下山後に行います。
場所は、公民館です。
弥勒山の狭い山頂で数十人が集まってセレモニーをやるなんて、迷惑です。
他の登山者にとっては、たまったものではありません。
山頂が広い山なら、大丈夫でしょうけどね。
(昨年は、山頂ではなく湿原の広場で集まりました)

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●登山だけじゃないぞ
これ、登山に限った話ではありません。
大人数で固まって走るバイクの集団、見たことありますよね。
ロードバイク(自転車)でも、時折見かけます。
コンビニの駐車場で集団で座り込んで食事をする奴もいます。
他の人にとっては、迷惑でしかありません。

「日本人は他人に配慮できる」と言う人がいますが、私は信じません。
一人や二人でいる時は、そうかもしれません。
しかし大人数になると、もういけません。
集団の外への配慮がなくなってしまう例を、多々見かけます。

バイク乗り、自転車乗り、山屋の貴方。
他人への配慮を忘れず、お互いに気持ち良く楽しみましょうね。

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2025年8月 7日 (木)

これ、今日の入試に出てたやつだ! ~思い出の本~

先日、実家でこの本を見つけました。

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この本を買った日のことは、よく覚えています。
N大学の入試を終えた帰りに、名古屋駅の本屋で買いました。
パラパラとめくると。
「これ、さっきの入試に出てたやつだ!」
それは、サマーセット・モームの『太平洋』でした。

高校3年の冬でした。
私は、N大学向けの英語の補習を受けていました。
(予備校みたいな高校だったのです)
先生は、N大学の卒業生でした。
「例年の出題傾向から、今年はモームが出ると思う。
この補習では、モームをたくさん読んでもらう」

私はそれまで、モームを読んだことがありませんでした。
補習で読んでみると、なかなか面白いではありませんか。
学校帰りに本屋へ行き、日本語訳の文庫本を買いました。
ますます面白いと思いました。
家でモームを何冊も読んで、補習で原文を読むという日が数日続きました。

そして、N大学外国語学部の英語の入試を迎えました。
「あれれ。
これって、読んだことがあるような気がするな。
でも、思い出せないな」
その帰り道にモームを買って、判明しました。
入試に出ていたのは、確かにモームだったのです。
でも、補習で読んでいない作品だったのです。
日本語訳も、読んでいませんでした。

今になってみると、あれで良かったと思います。
もし、先生が補習で『太平洋』を読ませていたら。
合格者は、嬉しかったでしょうか。
今の時代なら「情報漏洩?」と問題視されるかもしれません。

大学入試の英語長文問題って、国語問題みたいな面があります。
英語力も大切ですが、日本語の読解力もないと、正解できません。
私は受験当日でも読書していた不真面目な受験生でしたが、それで良かったのだと思います。

中高生諸君、夏休みに読書してるかい。

(蛇足)
あの後N大学に進めば、卒業後は中高の英語教員か、念願の外車屋さんだったでしょう。
(当時の愛知では難関だったのですよ)
でも、結局私は他校に行き、小中の社会科教員になる道を選びました。
私の人生での、大きな分岐点でした…。

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2025年8月 5日 (火)

こんな自由研究、どうだい ~ガラス瓶を切って好みの色を付ける~

小学生諸君。
夏休みに、面白い事、してるかい。

家に、使い終わったガラスびん、あるよね。
それ、切れるんだよ。
王道は、ガラス切りを使うことだ。
1000円くらいするかな。

ガラス切りを使っても、たぶん一発ではキレイに切れないだろう。
それでいいんだ。
何でも、やってみないとわからないものだ。
何回かやるうちに、気付きがあるだろう。
材料は、捨てる(リサイクルする)ものなんだから、心置きなく2本目3本目ができるだろう。

もっと安上がりに切る方法もある。
ネットでちょっと調べたら、いろんな方法が出てくるだろう。
ガラス切りを使わないと、ちょっと難しくなる。
それが、面白いんだ。
試行錯誤の回数が増えるだろう。
気付きも、増えるだろう。
もしかすると、おうちの人の方が熱中するかもしれない。
大人がやっても、面白いんだ。

ガラス瓶をうまく切れたら、エッジを処理しよう。
その後、ペン立てや花瓶やコップとして使おう。
もうひと手間加えるのも、面白いだろう。
ホームセンターに行くと、こんな塗料が並んでいる。

Img_9449_edited

全体に好きな色を付けるのも良いだろう。
部分的に色を付けるのも良いだろう。
画や模様を描くのも楽しいだろう。
ただ、この塗料は安くない。
ガラス切りと同じくらいのお値段になる。
まあそこは、おうちの人と相談だね。

Img_9450_edited

(ターナーの「ガラスペイント」という製品です)

大人の貴方も、いかがですか(^^♪。

(蛇足)
自由研究って、誰もやっていない画期的なことをやる必要はない。
誰かが書いていることを、その通りやってみるだけで十分だ。
大人だって、それだけのことで気づきや成長がある。
それは、料理でも、工作でも、実験でも、運動でもいい。
びっくりするような結果が出なくても、それでいい。
やってみると「次は〇〇してみたい」という課題が生まれるだろう。
それは、やってみた人だけが得られるものだ。
自由研究が宿題でない学校もあるだろうけど、やってみないかい。

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